火星に火星人がいるといわれていたのはなぜですか?

18世紀以前には、他の天体にも人類のような生物(知的生命体)がいるという説は割と普通に唱えられていました。火星にも人類のような生き物(とりあえず以下「火星人」としましょう)がいるということもそれほど疑問なく受け入れられていたと考えられます。

この「火星の知的生命体(人類)」がクローズアップされたのは、19世紀になってからです。
1877年(この年も火星大接近でした)、イタリアの天文学者スキアパレッリが、火星表面全体を覆う模様を発見します。この模様を彼は「カナリ」(Canali。イタリア語では「水路」を意味する)と表現したのですが、それが誤って翻訳され、英語圏では「キャナル」(Canal。「運河」の意味)として伝わってしまいました。
「運河」となれば人工物ですから、火星人が作ったとしてもおかしくないということで、「火星に火星人が作った構造物がある」ということで、世界の関心が俄然高まります。

中でも、アメリカの天文家であり実業家でもあったパーシバル・ローウェルは、この火星の運河に魅入られ、火星表面を詳しく観測するために私費を投じて天文台まで作ってしまいました。そして、数多くの「運河」のスケッチを残しました。
現在ではこのような構造がないことはわかっているのですが、なぜローウェルが火星表面にそのような構造をみたのかはわかっていません。

また20世紀に入り、SFの世界でも火星人はブームとなります。1897年にH.G.ウェルズが書いた「宇宙戦争」は、火星人の地球侵略を描いたSFとしてブームになり、1938年にラジオドラマ化された際、火星人侵略のシーンがあまりにも真に迫っていたため、アメリカの聴取者がパニックを起こしてしまったという有名な事件があります。

このように、20世紀前半までは火星人は割と身近な存在だったのですが、その後探査機が火星に飛ぶようになって火星の詳細な写真やデータを地球に送ってくると、火星はとても知的生命が生存できるような環境ではないことがわかり、火星人ブームは収束しました。