火星大接近とは


国立天文台による火星大接近の解説(40秒)
(YouTube, © NAOJ)
 

火星大接近とは、火星が地球に大きく近づくことです。
火星は地球に約2年に1回近づきます。ただ、ときおり地球に対して大きく近づくことがあり、このようなときは「大接近」といいます。今年(2018年)はこのような大接近の年にあたります。そして、火星と地球との距離が6000万キロを切る大接近は、2003年以来、15年ぶりとなります。

火星大接近が起こるメカニズム

ではなぜ、火星大接近が起こるのでしょうか。それを理解するためには、太陽系というものを改めて考えるとわかりやすいかと思います。

太陽系の惑星は、太陽を中心として同じ方向に回っています。
内側から水星、金星、地球、火星、…とありますが、ここでは地球と火星だけに絞って考えてみましょう。
話をわかりやすくするために、学校などにあるグラウンドを考えてみましょう。グラウンドが丸いトラックになっていて、それぞれのトラックを、内側から水星、金星、地球、火星…が回っているという様子をイメージしてみましょう。

ここで一つポイントになることがあります。
「遠くの天体ほど、回る速度が遅い(公転速度が遅い)」ということです。これは、惑星の運動に関する重要な法則「ケプラーの法則」によるものです。
地球と火星を比べてみましょう。太陽からみて火星は地球の外側にありますので、地球より火星の方が太陽より遠くにあります。つまり、火星は地球よりもゆっくりと太陽の周りを周ります。このことが火星大接近を理解する重要なポイントです。

いま、太陽・地球・火星が一直線になっていたとしましょう。
ここから「よーいドン!」で地球と火星がグラウンドを回り始めたとします。そうしますと、ケプラーの法則により、地球よりも火星の方が回る速度が遅いので、地球の方がより速く太陽の周りを回っていき、いずれはもう一度地球が火星に追いつくことになります。
こうやって、火星と地球は一定のタイミング(約2年)で互いに近づくのです。これだけならば「大接近だ!」といって大騒ぎしなくていいですよね。
ただ、もう1つ重要なポイントがあります。「火星の公転軌道は、かなり楕円の形をしている」という点です。

これまたケプラーの法則なのですが、全ての天体の公転軌道は楕円です。
ただ、その楕円の「つぶれ具合」は、それぞれの天体によって異なります。火星は他の惑星に比べて、このつぶれ具合(離心率といいます)が大きいのです。つまり、太陽から離れるときはぐんと離れ、太陽に近づくときはぐんと近づくということになります。
一方、地球の軌道はそれほどつぶれてはいません。わりと円に近いのです。
もし、火星が太陽から遠く離れているときに、地球と接近する(太陽-地球-火星が一直線になる)とすれば、接近はしたとしても遠くになってしまいます。
一方、火星が太陽にわりと近いタイミングで地球と接近すれば、大接近となります。
今回はこの「大接近」のタイミングに当たるため、話題になっているのです。

火星大接近と歴史

火星が大接近するとどのようなことが起こるでしょうか?
もちろん、いちばんわかりやすいのは「火星がふだんよりも明るくみえる」「火星がふだんよりも大きくみえる」という点です。
私たちにとっては、前者の「ふだんより明るくみえる」ことがうれしいポイントです(大きくみえるといっても、火星は依然として点でしかありません)
ただ、歴史的にみると、火星大接近は火星を観測する絶好のチャンスでした。地上から望遠鏡で観測することしかできなかった時代は、火星を詳しく知るためには、大接近を狙うしかなかったのです。

1877年の火星大接近の際、イタリアの天文学者、ジョバンニ・スキアパレッリは、火星の表面を詳しく観測し、スケッチを残しました。
このとき、スキアパレッリは火星表面に筋状の模様が多数存在することを発見し、それを「水路」だと考え、イタリア語でcanali(イタリア語で「溝」の意味)と表記して発表しました。
ところが、その後このスキアパレッリの発表が英語に翻訳されたときに、Canaliは英語のcanal(運河、水路)として翻訳されてしまいました。canaliには単なる「溝」の意味しかなかったのですが、「運河」と訳されたことで、この筋状の模様が人工物であるという話になってしまったのです。
このことから、「火星には(運河を作れるような)高度な知的生命体が住んでいる」という話が広まっていきます。この説を熱心に信じ、自ら天文台を建てて火星の観測に没頭したのが、アメリカの天文学者、パーシバル・ローウェルです。
彼は火星にいく筋もの模様をみつけ、それを「運河」として発表。亡くなるまで火星の知的生命体説を信じ続けました。

火星の知的生命体…平たくいえば「火星人」は、大衆文化の中に入り込んでいきます。みなさんも、「タコのような形をした火星人」のイラストはどこかでご覧になったことがあるでしょう。
1898年に発表されたイギリスの作家H.G.ウェルズの「宇宙戦争」は、火星人が地球を侵略するというストーリーでした。1938年、アメリカでこれがラジオドラマ化されたとき、本当に火星人が侵略すると勘違いした聴取者がパニックを起こしたという有名な事件があります。

なお、1877年の火星大接近のとき、日本では明治の初頭でした(明治10年)。
この年には西南戦争があり、9月24日、西郷隆盛が自決して戦争が終了します。ちょうどこの9月3日に火星大接近があり、夜空には赤い星が輝いていました。人々はこの赤い星の中に西郷隆盛の姿が見えると大騒ぎし、この星を「西郷星」(さいごうぼし)と名づけました。
奇しくもこのときと同様の火星大接近の年に、NHKの大河ドラマが西郷隆盛を取り上げているというのは奇妙な縁でもあります。

近代になるにつれ、火星の観測は地上からの望遠鏡観測から探査機による直接観測に移り、その結果から、運河どころか火星の表面には火星人(知的生命体)の痕跡すらない、ということが明らかになってきました。しかし、生命を育む水などが豊富に存在していることが明らかになり、生命の存在自体は、いまも探求が続いています。
そんな中、前回の「大接近」である2003年の火星大接近では、「21世紀最大の接近」「今回の大接近は6万年ぶり」と騒がれ、多くの人たちが火星を眺めました。
望遠鏡市場が活況を呈したり、各地の天文台・科学館などが開催した観望会に多くの人が訪れ、夜中まで並んで火星の姿を見ようとしていた様子などはテレビや新聞などに取り上げられ、火星大接近が社会現象になりました。

赤く輝く火星を見てみよう!

科学的な役割は今は若干減ってきましたが、火星大接近は私たちにとって、火星をより身近に感じるチャンスです。
ぜひ今回の火星大接近を機に、赤く輝く星、火星を眺めてみてはいかがでしょう。そして、火星に人類が多くの探査機を送り込んでいること、生命の存在を調べようという努力が続いていることなども思い出してみてはいかがでしょうか。